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連れて行くよ、JOURNEY

関西ジャニーズJr.の大谷怜爾くんを中心にアイドルを応援しているブログ。

担降りしました

去年の今日、重岡大毅くんを含むジャニーズWESTがデビューした。

重岡くんはずっと「夢はデビューすること」と言い続けてきたわけで、重岡担だった私もその夢を追い続けて。去年の今日は重岡くんの夢が叶った日。

 

そんな日に私は、大谷怜爾くんに「担降り」してしまったのです。

 

 

 

ことの発端は2013年8月20日、松竹座。

舞台「ANOTHER」を観に、というより重岡くんを観に松竹座に足を運んだ。

 

それまでもたくさん幸せなことがあった。2013年の元旦に重岡くんに降りて以来、映画、CM、全国ツアー…。内博貴くんを応援していた頃と比べると何倍も何十倍もの量の仕事が彼には舞い込んできた。その度にデビューという4文字が頭を過って、重岡くんの笑顔が浮かんだ。自慢の担当だった。

 

舞台が始まるともうロックオンで視界には重岡くん以外のものを映す気はなかった。重岡くんが笑ってさえくれれば、それでよかった。終盤に、船に乗りながら「Another Tomorrow」を歌う重岡くんを見てはじめて双眼鏡を下ろした。重岡くんはこんなにたくさんの人に囲まれて、それも真ん中で、どセンターで輝いている。胸が熱くなった。私の応援している重岡大毅というひとは、こんなにたくさんの・・・

 

会場を見渡した瞬間に目が止まった。

 

自分のすぐそばの通路でJr.が踊っていたのはなんとなく雰囲気から察していた。そんなことではなくて、今、そこの頭一つ出てる少年にビビッときたのである。

 

それがなんとなんと小島くんでそこからワーキャーあって怜爾くんに降りました♡とか書けたら面白いんだろうけど、わたしがそこで見つけてしまったのは、ご察しの通り大谷怜爾くんでした。

 

これより下はもうずっと怜爾くんが可愛くて〜かっこよくて〜の繰り返しなので、暇じゃないひとは、もう退散していいよ★

 

 

 

 

読み進めてくれた人だけに特別に教えてあげるけど、その日はわたしの誕生日でした。

だから、なおさら、一秒たりとも重岡くんから目を離したくなかったのに。

 

その子を見た瞬間に思った。

「今、わたしはこの子を見届けなければならない。応援しなければならない。」

 

I must cheer for this boy.(私はこの男の子を応援しなければならない。)

 

そこではじめて、重岡くんから目をそらした。

そして気づいてしまった。自分がいつかこの子に「降りる」であろうこと。いつか、私はこの子に降りるの。名前も年齢もな〜んにも知らないけど決めた。決めたの。私、この子応援するの。いいでしょ?

 

あ、ちなみにその事があってこのブログのタイトルが「Another Tomorrow」の歌詞になっています・・・!

 

『すみません、紫耀くんと藤ヶ谷を足して2で割ったような、唇の下のホクロが魅力的なあのジュニアは誰なんですかヽ(;▽;)ノ』

(帰りの新幹線の中でのツイート。今思えばどちらにも似ていないので笑える。藤ヶ谷はきっと黒さの問題で、紫耀くんは髪型かなぁ。)

 

ちなみに、だれもその子の正体を知らなかった。どたばた帰ってパンフレットを見ていたら「あーーー!!!!」というオチ。これで、名前が分かった。

 

名前を特定した私はツイッターからヤフーからグーグルからあらゆる検索をかけて、「大谷怜爾」くんは「おおたにれいじ」くんであり、永瀬廉くんと同い年であろうという情報だけ手に入れた。

 

その後、長い空白。

 

確かに、まいじゃにやin大阪で怜爾くんを判別できるようになった。友達にも、怜爾くん超かわいいよ〜スペシャルお気に入りなの!とか話したりはしていたけれど、私には絶対的に応援しなければならない人がいたから。重岡くん。

 あの瞬間の固い決心・・・I must (略)とは一体なんだったのか・・・と思うほど、重岡くんでいっぱいだった。

 

私は映画の仕事が自担に回ってくる中で一番好きで。

物語なのに一話完結だし、スクリーン越しだから変な緊張感を持たなくていいし、DVDにもなるし、なにより映画館という場所が好きだから。

 

重岡くんはBad Boys Jという映画に出演していて、私はひどく沸いていた。

他のことなんてどうでもよかった。重岡くん演じる小野沢圭太という人物も、素のままの重岡くんも、大好きで、仕方がなかった。

 

そんな頃重岡くんのソロコンサートが決まり、重岡くん大好きだという気持ちも有頂天に達していた。

 

「関西ジャニーズJr. X'masコンサート2013」が始まり、それとなく松竹座に足を運ぶ。これも運なのか、わたしが入った公演には怜爾くんはバックにいなかった。

 

重岡くんのソロコンサートは2日4公演に及び、その全てを観た。中でも2公演目は1階の2列目の席が当たって、公演後は友人と無言になるほど圧倒された。自担のソロコンサートほど素敵な空間はなかった。

 

そして、わたしは浮かれた気持ちで年の終わりに「カウントダウンコンサート」へ向かう。重岡くんに降りたのが1月1日ということもあり、自分にとっても大切な1公演にしようと思っていた。

正直なところあのカウコンの記憶はもうほぼ曖昧なのだけれど。

幕があいて重岡くんが東京ドームの真ん中で踊っていて、じわっと涙が滲んだ。5万5千人に囲まれる自担というものを初めてみて、純粋に感動した。ペンライトの海がすごく綺麗だった。いつかこの5万5千人が皆重岡くんたちのファンになって、コンサートができたら幸せだな、って温かい気持ちになって。

年越しの瞬間も少し感動した。重岡くんに降りて1年ということは、内くんを降りて1年ということで。内くん、私今幸せだよ、すっごくしあわせ。って心で叫んだ。

それから重岡くんが淳太くんと照史くんを両サイドに構えて出てきて、私も団扇を持ち直して。そして、デビューの発表があった。

本当に発表の瞬間は何も覚えてないんだけど、ちょっとして膝から崩れ落ちて、どうにか立ち上がって。今この瞬間に重岡くんの団扇を持っていることって凄い!って思って、精一杯団扇を振った。ずっと膝はガクガクしていて、そのあとは座り込むことが多かった。

まわりの知らないお嬢さんたちにも祝福されて、重岡くんの団扇をもって東京ドームを出た。そしてようやく、7WESTがバラバラになってしまったことに気づいた。

 

自担さえ良ければいいと思っていたのでそんなに気に留めなかったけど、1月4日に大阪城ホールに行ってから急に悲しくなってしまった。

 

「何気ないことが幸せだと 僕はふと気がついたんだ」

なにが悲しいのかすらわからないけど、そう歌う重岡くんをみて涙が溢れた。衣装の揃わない7WESTを見るのは初めてだった。クリパもクリエみたいなグループ別だったからそもそも4人が揃うのを最後に見たのは…ANOTHERだった。

 

重岡くんを見るのが辛かった。喜怒哀楽がコントロールできなくてすごく私はイライラしていたし、そんな自分が嫌だった。

で、やっぱりそういうときに限って怜爾くんが目に映って。そういう時に限って、立ち位置が目の前だったりするわけで。

 

無意識のうちに「大毅」という団扇を下げて怜爾くんばかりを目で追っていた。どうして今、怜爾くんの団扇を持っていないんだろう?って悔しくなった。格好良くてキラキラしていて、ずっと見ていたいなって思えた。

 

ど真ん中にいる重岡くんよりも、手を振りながら歩いてくる重岡くんよりも、ひな壇の狭い一番上で、一番端で踊る怜爾くんの方が、その時は輝いて見えた。好きになった。怜爾くんのこと、しっかり応援したいなって思った。

 

帰り道に耐えられなくなってTwitterのアイコンを怜爾くんに変えた。「少しの間怜爾くんのファンを名乗る」と決めたら、心が楽になった。でもそれは重岡くんから逃げているだけであってなにも解決しなかった。3日ほどで「担降りごっこ」は辞めた。

 

なによりもまだ信じていたかった。何を疑っているのかもわからなかったけど、重岡くんを好きでいる可能性に賭けたかった。「全部は2月5日に、日生劇場で!」という言葉を、信じた。

 

 そして2月5日、日生劇場ジャニーズWESTは7人になった。

こんなに声をあげて泣くのは何年ぶりだったのか、不思議に思うくらい泣きじゃくった。

 

千秋楽まであっという速さで終わってしまったけれど、すごく濃かった。今までのモヤモヤを全て取り払えるほど、幸せで楽しい時間になった。

千秋楽が終わると、いつも感じる喪失感の代わりに安心感が宿った。重岡くんはこれから、大好きな仲間たちとデビューする。そんな未来が、すぐそこまで来ていた。

 

3月に入ると松竹座で春休みスペシャルコンサートが始まった。もちろん重岡くんのいない公演に行く意味はなかったし、なにわ侍でお金を使ってしまったので尚更入るつもりはなかった。

でも大阪に行く機会はあった。あほすきの観覧に行きたかったし、予てから友人と約束していた「太秦行進曲」のロケ地巡りをするのにもってこいの時期だったから。

 

どうせ大阪にいくのなら、松竹座にも足を運びたいと思った。幸いにも金内担の友人が声をかけてくれて、公演を観ることになった。

公演を見るなら怜爾くんの団扇を持とうと決めて、初めて怜爾くんの団扇を持った。正直どれが怜爾くんか瞬間に判別することはできなかったし、あ〜かっこいいね、かわいいね!という気持ち未満でも以上でもなかった。

 

友人が親戚の家に泊めてくれたので大阪には2日間滞在した。あほすきが目当てだったので、土曜日はNHK大阪から松竹座にはしごした。

土曜日の公演は一人で入ることにしていた。一人でも大丈夫だろう、と思ったから。でも、そうじゃなかった。

ショータイムに入り、立ち上がって何気なく団扇を振っていたけれど、突然悲しくなって罪悪感でいっぱいになった。今朝見た重岡くんという人が私の担当であるのに、どうして自分は今ここでこんなことしてるんだろう。重岡担なのに、何してるんだろう。

気づいたら団扇を鞄にしまっていたし、棒立ちだった。こんな不安定な気持ちで怜爾くんの団扇を持っているのも本人に悪いなって思ったし、いいことなしだった。悲しかった。

 

自分は思ったより重岡くんのことが好きだった。

 

そして、東京に帰った。帰るのはすごく楽しみだった。…だって、少年倶楽部の収録に行けるから。

ここ数ヶ月センター不在のええじゃないかを放送している少年倶楽部に少しマイナスな感情さえ抱いて居たわけだけれど、その月はおそらくジャニーズWEST7人全員が揃うであろう、と言われていた。

 

月曜日、午後7時、NHKホールで幕が開いた少年倶楽部の収録。そこにはちゃんと重岡くんの姿があった。大好きな重岡くんが、大好きな仲間たちに囲まれて真ん中で笑っていた。安心して泣きそうになった。

 

重岡くんが歌うソロパートが、重岡くんの声で。嬉しかった。胸がぎゅっとなった。いつもよりも力強く聞こえたのはきっと気のせいだけど、すごく素敵だった。

 

カウコンで初めて聞いて、混乱しかしなかった「ええじゃないか」

あけおめで聞いて、もう聞きたくないってなった「ええじゃないか」

日生初日に、嬉しくて涙が溢れた「ええじゃないか」

やっと7人が揃った、少年倶楽部の「ええじゃないか」

 

そして2014年4月23日、綺麗な音で、私のipodから流れる「ええじゃないか」

 

全部同じ曲とは思えないほど喜怒哀楽を引っ掻き回されて、ようやく1年が経ちました。

 

少年倶楽部の後、もう重岡くんにはなにも求めることがない、これ以上幸せを求める必要はないと感じたのが降りた理由です。重岡くんは完璧だった。私に100%の幸せをくれた。重岡くんのことが最高に大好きだから。

だから、重岡担を卒業しようと思った。

 

大谷怜爾くん。まだまだ可能性があって、伸び代しかない。一番後ろの端っこで踊っているような子です。でも、この子にも重岡くんみたいに幸せになってほしいから、笑ってほしいから。誰よりも一番輝いていて欲しいし、怜爾くんの存在が誰かの笑顔の理由になるような、そんな人になってほしいから怜爾くんを降り先にしました。

 

「応援のしがいがある」と言ったら悪く聞こえるけれど、怜爾くんを応援していて「楽しい」と思うし、結果がなかなか出ないから「悔しい」と思う。怜爾くんのためにできることは可能な限りしてあげたいし、それが彼の活躍に繋がるなら嬉しい。やりがいがある。そう思えることが、すごく新鮮で楽しいです。

 

今日で怜爾くんに降りて1年が経つけれど、私はまだまだ怜爾くんのことをもっと大好きになれそうだから当分降りることはなさそうです。

 

重岡くん、私今幸せだよ、すっごくしあわせ。

そう言える日が、いつか来るのかな!楽しみです。

 

まだまだ未来は明るいから、2年目も精一杯怜爾くんの応援を頑張ります!

 

担降りしたって〜〜〜〜

 

ええじゃないか〜〜〜〜〜〜!!!